さんすうのーと(3) ―上限・下限
前回:連続写像
測度論の授業で『Real and Complex Analysis』の2章に出てくるRisezの表現定理の証明を追っていたのですが,その証明中で上限・下限が地味に活躍するのです.
そんでもって,お恥ずかしながら今年の1月頃になってようやく上限・下限がきちんと理解できたというか,上限・下限の持つ性質の大切さが分かってきました.
大学に編入した当初も上限・下限の定義はもちろん知っていて,ある程度のイメージも掴んでいたのですが,今思い返してみると「全然分かってなかったなぁ…」といった感じです.
というわけで,今回は上限・下限の持つ有用な性質についてまとめていきます.
念のため,上限・下限の定義を確認しておきます.
今回は実数体に限って話を進めますが,Prop. 1については一般に全順序集合において同様の議論が可能です.
Def. (上限・下限) 空でない集合 について, の上界全体の集合に最小元が存在するとき, その最小元を の上限といい, と表記する. また, の下界全体の集合に最大元が存在するとき,その最大元を の下限といい, と表記する.
この最小性・最大性から導かれる次の命題は簡単ですが,非常に有用です.
Prop. 1 が空でない集合 の上限となるため必要十分条件は 次の(1),(2)を満たすことである: (1) 任意の に対して, となる. (2) 任意の なる に対して, となる が存在する. また, が の下限となるため必要十分条件は 次の(1'),(2')を満たすことである: (1') 任意の に対して, となる. (2') 任意の なる に対して, となる が存在する.
(1)は が の上界となっていることを言っており,(2)は より「少しでも」小さい数を持ってくると,それは絶対に の上界とならないことを言っています.
「そりゃそうやろ」といった感じもしますが, が(1),(2)さえ満たせば必ず となることはあまり自明にも思えないので,1度くらいはきちんと示して確認した方がいいでしょう.
Proof
まず, であるときに(1),(2)を満たすことを示す. は の上界であるから,(1)は明らかに満たす.また,任意の なる をとると,これは の上界とはならない.なぜなら,この が の上界であったとすると, が の上界全体の集合の最小元であることに反するからである.よって, が上界でないことから(2)も満たす.
次に, が(1),(2)を満たすときに であることを示す.(1)が成り立つので は明らかに の上界である.もし, が の上界全体の集合の最小元でないとすると, なる の上界 が存在する.この について,任意の に対して となるが,これは が(2)を満たすことに反する.よって, は の上界全体の集合の最小元でないといけない.つまり, となる.
について, であることと が(1'),(2')を満たすことが同値であることは,以上の議論と全く同様にして示されるので,省略する( を に置き換え,不等号を逆にするなど,適宜修正すればよい).
実数の連続性の公理で「空でない上に有界な の部分集合は上限を持つ」というのがありますが,上の命題より「下に有界な部分集合が下限を持つ」ことも分かります.
具体的には次のような命題が成り立ちます.
Prop. 2 空でなく下に有界な集合 は下限を持ち, が成り立つ. ただし, である.
Proof
が上に有界となることから が存在する. とおいて, となることを示す.Prop. 1より, は次の(1),(2)を満たしている:
(1) 任意の に対して, となる.
(2) 任意の なる に対して, となる が存在する.
よって,次の(1'),(2')を満たすことも分かる:
(1') 任意の に対して, となる.
(2') 任意の なる に対して, となる が存在する.
よって,再びProp. 1より が分かる.
もう少しだけ応用例を挙げてみます*1.
そのために,ちょっとだけ準備をば.
Def. (Lebesgue外測度) に対し, と定める.ここで, に対して としている. を のLebesgue外測度という.
Prop. 3 に対し,次が成り立つ:
Proof
任意の を1つとり,固定する.外測度の定義と下限の性質(Prop. 1の(2'))より,任意の に対し,次を満たす開区間の列 が存在する:
は可算個の開区間の集合であり,かつ の被覆となっている.さらに,
よって,外測度の定義より が成り立つ. は任意であったから,結局 が成り立つ.
下限の性質が不等式評価に役立っているのが分かるかと思います.
こんな感じで,上限,下限の性質が不等式評価に役立つ場面をよく見る気がします.
…測度論頑張らなきゃ
*1:『新版 ルベーグ積分と関数解析』のp,17-18より